2011年1月2日日曜日

VC++

ジョウビタキ雄を家の前の公園で発見。大変珍しい。ジョウビタキ雌は良く見るのだ。雌が居るのだから雄も居るのだろうと常々思っていた。
 来春から理系の大学生になる次男にプログラミングを教えようと手軽な開発環境(ソフトウェア)を探した。どうせこれから覚えるならCがいい。Microsoft Visual C++ 2010 Express(以下VC++と略) がよさそうだ。無料でこんな本格的な開発環境が手に入ってしまう。すごいすごい。
プログラミングを勉強しようとする時には、何かを解きたいとか解決したいという動機があると推進剤になるが、入学前の次男にそんなテーマがあるはずがない。とりあえず初学者向けの教本のようなものがネットに無いかと探したら、某大学の研究室がVC++を使ったコンソールプログラムの作成手順を公開していた。
コンソールプログラムはウィンドウが出現する以前のコンピューター利用のスタイルである。この研究室の先生も、私と同様に長いことコンソールプログラムでパソコンに親しんでいたのだろう。ウィンドウズアプリのような複雑なものよりも単純なところから初学者は始めるのが良いとこの先生は考えた。私も同意見。ところが友人に意見を求めると、自分の知っていることを教えるのが相手にとって最良の教育方法であるとは限らないと言いだした。コンソールプログラムのような原始的なインタフェースよりも、もっと面白いウィンドウズアプリケーションから始めた方が楽しいし、VC++のような最近の開発環境ではウィンドウズアプリの開発は難しく無いと彼は主張する。確かにVC++のフォームアプリ開発工程は洗練されている。ボタンをフォームにドロップするだけで関連するコードが自動的に追加され、そのボタンが押された時のアクションを記述できる。この簡便に過ぎる感のある手順の背後の、複雑なお膳立てを理解しておかなくて良いのだろうか..とか考える必要は無い。隠れたお膳立ては必要に迫られてから調べれば良いのである。彼の説にひどく納得したのだが、世界は変わったと改めて感慨深い。
びーさんで今日も同じ場所にルリビタキを見つける。変わらないものも有難い。

0 件のコメント: