2020年1月5日日曜日
2020年1月1日水曜日
2017年2月19日日曜日
ダイヤモンド富士
海岸にダイヤモンド富士を見に行く。便利なフリーソフトがあって、観測地点を地図上で指定すると観賞できる日時がわかる。拙宅直近の海岸は金曜日が鑑賞可能日だったが、会議が入って時間休がとれなかった。幸い(?)曇りだったので悔しくはなかったのであるが。
今日が隣町の海岸の観賞可能日なので出向いてみると、西の地平線にはかなり雲があった。10分前の時点で富士の山頂付近には雲が無いことがわかってほっとする。海岸には50人くらい集まっていた。
朝夕のびーすけ散歩では、アトリ、ヤマガラ、ジョウビタキの雌雄、モズを見かける。
下の写真は、ここしばらく撮影チャンスがもらえなかったアオジで。地味な柄ではあるが、なぜか割と好きな鳥。
備忘:ジャイロキャノピーのオイル交換を行う。走行積算計18320km。
2017年1月14日土曜日
2016年12月29日木曜日
2015年1月3日土曜日
愛の形(連休8日目)
遠征すると帰省ラッシュに巻き込まれる可能性があるので、近場の海岸に出てチョウゲンボウを撮ろうと考えた。
東京湾越しに富士山が綺麗に見える。東京上空の空も澄んでいるらしい。
チョウゲンボウは時々現れてはジッとしていて、そのうちプイと居なくなる。そんな繰り返しを撮っているものだから、どれもみんな同じような絵になってしまう。
さいわい、通りすがりの人との立ち話がはずんで退屈しなかったものの、さすがにチョウゲンボウの動きがほとんど無くなってきたので撤収することにした。
ほぼ荷物をバイクに積み終えた頃、雌のチョウゲンボウがパイプの上で鳴き始める。仲間呼びかけているように聞える。
何かありそうな予感がして、片付けた機材をもう一度組み立てたら、雄がやってきてささっと交尾をした。組み体操のような形でもあるし、愛らしい形であるとも言いえる。そうかこのシーズンに相手が決まるのかと感心しながら家路に着いた。
2014年12月7日日曜日
チョウゲンボウの定住
8時に起きて朝食。10時に朝のびーさんを終了。その後海岸に出てチョウゲンボウを撮る。東京湾の彼方には冠雪の富士山が鮮やかに望める。
先日干潟でミサゴを撮っていたおり、チョウゲンボウが春に子育てする場所に定住したらしいとの情報を得たのだ。
EF600で海岸のチョウゲンボウを撮りたかったが、これは春までオアヅケだと思っていた。これからは1年中チョウゲンボウを撮れるということらしい。
これはなかなか嬉しいのであるが、子育て中では無いということは、頻繁に巣に戻らないという事でもあって、海岸まで出向いても遭遇する確率は低い。
EF600/4に1.4倍のテレコンを付けた840mmF5.6を、一段絞って使う。
ジュリッという声を聞いて、その方向にカメラを向けるとウグイスが居た。
今春もこの場所でモズを撮っているから、このあたりに巣があるのかもしれない。左はトリミングしているものの、瞳の虹彩が写っている。840mmの威力なんだろうなぁ。
左はEF400で撮ったものをトリミングした。モズがいい角度で撮れた。
午後から浜離宮朝日ホールに、姉のリコーダーを聴きに行く。昔から姉は趣味で笛を吹いている。母にはちょっと厳しい距離だが連れて行った。
今日初めてステージの演奏を見たのだが、姉がかかえていたのはずいぶん大きなバスリコーダーだった。あんなにカリカリに痩せた人でも吹けるんだなと感心。
帰りに仕事場に寄って明日の段取りの確認をする。
そうか今日は満月だった。
2014年3月2日日曜日
叔母が亡くなる
ブログをちょっとサボったのは、2月の末に叔母が亡くなったためだ。
両親ともに兄弟が少ないので、私は親戚が少ない。さらにこれは血筋だと思うのだが、みな人付き合いが悪い。そんな中で、この叔母だけは私とウマが合ったから、さしたる用が無くても時々遊びに行っていた。
叔父から電話で知らされたのは亡くなった翌々日だが、すでに骨にしてしまったと言い、葬式の類はしないので叔母側の私以外の縁者に連絡しておいてくれと頼まれた。
叔父とはあまり話をしたことが無かったが、ちょっと無頼な風のダンディズムの人だから、まぁ仕方ないかと考えた。
骨に何を語っても届くものでもないし、葬式はそもそも遺族のために行うものだと私は思うので、葬式が省略されたことは別にどうでも良い。叔父がしたいようにすれば良いのだ。
とは言え、セレモニーがないものだから、あまり実感がわかない。しかし、やはり親しい人の喪失感というものは私のような者にもあるらしく、ボディブローのように覇気が奪われていたらしい。
一昨年の春に叔母のマンションの外装メンテナンスがあって、バルコニーの鉢植えを預かったら、もう世話ができないからとそのまま貰うことになった。結局これらが形見になってしまったわけだ。
鉢が窮屈そうなものは地植えにして庭木にしたのだが、拙宅の庭木は叔母の兄にあたる私の父が植えたものばかりだから、兄妹合作の庭という感じかな。人は死んでも誰かの記憶の中で生き続けることができる。
2014年2月1日土曜日
昆虫な私
あっという間に1月が終わってしまった。仕事がけっこうきつくてテンションがずっとあがっている。だいたいこういう時の方が趣味にも集中できることになっていて、子供の頃から試験の前は小説が読みたくなったりしたものだ。
良い天気だったのだが、そんなことを考えながら、僕は作業小屋にこもってひたすら木を削っていた。
内憂外患ではないが、仕事も家庭も大なり小なり問題をかかえている。加工の手順と方法を考えながら、ひょいとそんな問題のひとうが頭をよぎったりすると、ひたすらこんな作業をしているのは何故なんだと自問したくなる。別に気を紛らわせたいとも思っていないし、気分転換がしたいと思っているわけでもない。
目前の作業にも別に意味があるわけではないし、上出来でも不出来でもいいから完成させることだけが目的になっているような気もしないではない。
頭の中の大事な部分が活動を停止しているのだろうか。
アメーバーや昆虫のように見えざるものが作ったプログラムにしたがって動いている。
良い天気だったのだが、そんなことを考えながら、僕は作業小屋にこもってひたすら木を削っていた。
内憂外患ではないが、仕事も家庭も大なり小なり問題をかかえている。加工の手順と方法を考えながら、ひょいとそんな問題のひとうが頭をよぎったりすると、ひたすらこんな作業をしているのは何故なんだと自問したくなる。別に気を紛らわせたいとも思っていないし、気分転換がしたいと思っているわけでもない。
目前の作業にも別に意味があるわけではないし、上出来でも不出来でもいいから完成させることだけが目的になっているような気もしないではない。
頭の中の大事な部分が活動を停止しているのだろうか。
アメーバーや昆虫のように見えざるものが作ったプログラムにしたがって動いている。
2014年1月13日月曜日
変わった木材
寒い一日。朝夕のびーさんと母を編み物教室に送る以外は作業小屋にこもって工作。
左はケミカルウッドと呼ばれるものの一種だと思うのだが、ホームセンターで袋売りで買った端材なのでよくわからない。加工性は非常に良くCNCの切り出しに適している。木ネジの保持力もありそう。積層しているようで、端が紙のようにめくれたりして、ヤスリ仕上げとは相性がとても悪い。
左はラワンの集成材。ラワンと言えば普通は合板だが、これは横はぎの集成材。めずらしいのと節が無いのが気に入って買ってみたのだが、加工を始めてみたら堅めのバルサのような材料であることがわかる。加工性は良いが工作には柔らかすぎる。
左のようなものを9枚も作ってしまったのだが、これらは試作になってしまった。合板で作ったテンプレートは使えるので、堅木で作り直すことにしてネットからホワイトオークを発注する。
今日の家の前にモズの雌が居た。朝の陽光があたってなかなか良い感じ。
下は月に焦点を合わせたものと手前の木に合わせたものの合成写真。
2014年1月12日日曜日
近づくことを許されて、
モズ♀が家の前の公園で餌探しをしていた。びーさんはこの公園をスタートにして、別の公園まで行って帰ってくる。このモズは往路と復路で見る事ができた。帰りはずいぶん接近させてくれたから、大きく写すことができたのだが、上と左はいずれもトリミングしている。
庭の餌台のシジュウカラ。びーさんから帰ってきたら食事中でした。餌台はシジュウカラとスズメに占領されている。これもトリミング。
びーさんで出かけた遠いほうの公園のジョウビタキ♂。 左はトリミングしたものだが、かなり接近を許してくれた。
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