2019年10月27日日曜日
長坪シェルター
故池辺陽先生の設計による内之浦宇宙空間観測所と長坪シェルターを見る機会を得た。
観測所(一番下の写真)のロケット組立場は、有刺鉄線で囲まれて中に入ることができない。
遠巻きにしばらく眺めてから、守衛さんに長坪シェルターの場所をたずねるたものの御存じない。しばらくねばったら周りに居られた別の方があれかなぁと仰ったので、ネットの写真をお見せしたら心当たりがあるとの事。
このシェルターは、ロケット発射施設の一部として地域住民の避難所として作られた。ロケット燃料の変更のため使われなくなり、荒廃してしまっている。
この型枠はどうやって作ったのだろうと考えさせるユニークな外観。施錠されて入ることができなかったが、汚れた小さな窓から1枚だけ内部を撮ることができた。
2015年4月21日火曜日
如庵
会議のために名古屋に出向く必要があったので、犬山に前泊して有楽苑を訪ねる。茶室「如庵」が見たかったから。
織田信長の弟 長益(ながます)による建物で、長益は「有楽斉如庵(うらくさいじょあん)」と号し、千利休に茶を師事した。
茶道に暗いから深い鑑賞は敵わないが、情熱とお金をかけた趣味の結晶であることはわかる。色々なことをしますねと言われることの少なくない私だが、好事家とか趣味人とはいったい何なんだろうと考えさせられた。
2013年6月15日土曜日
セーヌ川
パリの最終日。空港行きの車がホテルを出るまで8時間ほどある。今日はのんびり過ごそう。
朝食をすませてすぐに地下鉄でアラブ文化研究所に行く。学生の頃にこの建物の外壁を知って、一度実物見てみたいと思っていた。左は内側から撮ったものだが、カメラのシャッターのような構造になっていて、透過する光の量をコントロールできる。
アラブ文化研究所はシテ島のそばなので、歩いてノートルダム大聖堂へ向かった。後姿の方が良いと言う人が多いこの建物。確かにフライングバットレスがダイナミックに建物に突き刺さっているのはこちら側。
建物の側面をまわって正面に向かう途中でガーゴイルを鑑賞。面白いなぁ。雨どいなのだそうだが、ぜひ雨の日に見たい。
土曜日だから大聖堂の入り口はたいそうな行列だったので入るのはあきらめた。
昨日と違って、明らかに人通りが圧倒的に多く、ドイツ語や英語や中国語が頻繁に耳に入ってくる。パリは観光地なのだ。
建築遺産博物館を教えてくれた人にお土産を買おうと考えて、博物館までセーヌ川のほとりを歩く。川面の側道は人通りがほとんどなくて静か。ところどころにあるベンチに腰掛てはぼんやりする。もうどこにも行く気は無いと決めてしまうと、時間はたっぷりある。
そうそう、パリでスケッチというのをやってみたかったのだよ。これはぜったい後々の自慢になるぞ。(おそまつ君のイヤミみたいだね)
ベンチに腰掛けて、対岸のオルセーを鉛筆でスケッチ。不純な動機で始めたものだから、案の定途中で飽きてしまう。本来公開に値しない出来だが、まぁ良い思いでにはなったかな。【6月22日 記ス】
2013年6月14日金曜日
建築遺産博物館
ルーブルを出てから地下鉄に乗って建築遺産博物館に行く。ここはぜったいjに行っておけ!と出国前にアドバイスを頂いていた。
エッフェル塔からセーヌ川の対岸にあたるシャイヨー宮に作られた博物館(美術館?)だから、窓の外には絵葉書のようなエッフェル塔が見える。
1階が中世、2階が近代建築、3階が宗教建築が展示されている。圧巻はやはり1階で、複製なのだが原寸大の迫力。
見学客も実に少なくて快適である。フラッシュを使わなければ写真も自由に撮れる。
直接手で触るのはさすがにまずそうだったが、複製だからおおらかな展示であった。オルセーではミレーの絵画の前で「ここのところ」と指さしたら係員がすっ飛んできて注意されてしまった。直近まで寄れても、対象そのものが大きいから、展示物の上部はけっこう遠い。Kowaの双眼鏡がとても役にたった。装飾好きにはとても楽しい場所だったのだが、もう少し体力のある時に見たかったな。
オーランジェ,オルセー,ルーブル,建築遺産と1日で4つの美術館を駆け抜けたカミカゼ美術館ツアー。【6月21日 記ス】
ルーブル
オルセーを駆け足で見てからルーブルへ。どうせ全部見ることはできないのだから、「行ったことある」と後々言えるように有名どころをおさえておくことにした。
ダノン翼と呼ばれるブロックには、ミロのビーナス,モナリザ,サモトラケのニケがあるので、まぁ美術の教科書に載っているものは見てきました感が充足。
これは何なのだろう。ファッションの街パリのお針子さんが上達を願って習作を積み上げる信心のようなものなのではないかと考えたのだが、帰ってから調べると「ぼろ布のビーナス」というミケランジェロ・ビストレットさんの作品なのだった。社会的メッセージというか、寓意のようなものがぼろきれにあるらしい。
もともと宮殿だったのだから、美術作品だけでなく建物自体も美しいところがたくさんある。
2012年に中庭に設けられたイスラム館。入り口のピラミッドもそうだが、シャープで近代的なものが遺構の間から少し顔をだしているという感じでまとめている。
イスラム館にあった扉。
僕は明るい向こう側をうかがわせる、こんな感じの光景がえらく好きらしい。なんか明るい未来に向かって扉を開こうよという感じがするでしょ。
下は宮殿の中から見たピラミッドの先端。
結局ルーブルにも1時間ちょっとしか居られなくて、やっぱり駆け抜けてしまったわけなのだが、大変な数の人間が大変な量のエネルギーを投下して作ったものがものすごくたくさんある場所であることはわかった。そのオーラのようなものにあてられてしまった。
【6月21日 記ス】
オルセー
パリの3日目は終日会議。4日目も会議のはずだったのだが、すべてフランス語で行われることがわかって、出なくても良いことになった。これ幸いと美術館を見てまわる。日本で買っておいたパリ市内の美術館2日間フリーパスが最大限使える。
オランジェリーは写真が撮れなかったので記録が無い。オルセーも館内は撮影禁止だったのだが、建物はこそっと撮った
この美術館は駅舎を改装したものなのだ。リベットが打ち込まれた鉄の接合部がところどころに垣間見えて、そこには素朴な感触がある。昔のプラットフォームはどうしてこんなに天井が高かったのだろう。蒸気機関車が吐き出す煙のためなのか。
左はオルセーに向かう途中のシャンゼリゼで見かけた工事用仮囲い。これはお洒落だね。
下はセーヌ川に面した時計台を内側から撮ったもの。
超駆け足だったけれど印象派絵画とアールヌーボーの工芸を楽しみました。
【6月20日 記ス】
2013年6月12日水曜日
コーニスライン
パリに着いた翌日。仕事の所用は午後からなので、午前中はホテルのある16区をぶらぶら歩くことにした。ここいらはアールヌーボーをたくさん見ることができるらしいから。
パリの町並みが美しいのは、セーヌ県知事のオスマン(19世紀中ごろの人)の都市改造によるところが大きいのだそうだ。左図に朱で加筆したコーニスラインが、複数の建物の間に統一感を生んで流れるような街角を強調している。
凱旋門の放射状に伸びる道路のように、パリの道はところどころのポイントから放射状に配されている。この結果、道路の先にはアイストップとなる建築物や彫刻が見えることになって、これも景観の美しさに貢献している。こうした都市計画の立役者がオスマンさんなのだそうだ。たいしたものだ。
コーニスラインや石材の色などを建物に規制することで統一感を演出しながら、バルコニーや付け柱の装飾は規制がなく個性的だ。一定の規制の中でできるかぎりの主張をしている。美しい景観を作り出す巧みな誘導なんだろうな。。
江戸時代の奢侈禁止令を連想する。金糸や朱のような派手な色が使えなくなったために、微妙なグレー(茶ねずとか)を考案して民草は楽しんだ。ある程度のルールがあった方が面白いものが出てくるのかも。ともあれ都市計画とか景観計画とか、まじめに勉強したことも無いので、馬脚が出る前にこんな話はもうやめておこう。
右のエントランスは控えめだが美しい。美意識の水準が違うのだよと思い知らされたような気がする。
下はエッフェル塔の下部のアーチ部分だが、遠見では無骨な感じがするこの塔も、近くから見ると女性の下着のような装飾があったりして面白い。
エッフェル塔のそばでサギ師のような人にからまれた。目の前で手の中の指輪を、さもそこで拾ったように見せかけて話しかけてくる。同じ手口を私は2回。同行された方も2~3回遭遇したそうだ。恐怖感を与えるような押し付けがましさが無かったからだが、可笑しな思い出になった。
【6月20日 記ス】

2013年3月12日火曜日
東京タワーに登る
社外の会議に出てから東京タワーに向かう。勤務先には時間単位でとれる有給休暇がある。直帰の申請とともにあらかじめ出しておいた。
東京タワーにわざわざ夕刻登ったのは、(もちろん)パンスターズ彗星が見たかったから。天空は概ね晴れているようだが、あいにく西の低い空には厚い雲が居座っていたのでけっきょく彗星は見れず。
しかたなく夕焼けや夜景を撮って帰ってきた。特別展望台は料金が高いだけあってさすがに眺望が良い。富士山と落日、地上からにょきにょきそびえるあちらこちらのビル。
完全に陽が落ちてから、レインボーブリッジや遠くに見えるスカイツリーなんぞを撮る。ここまで来たぞという証拠写真のようなものだなぁ。パンスターズ狙いのおじさんがたくさん居るかと思ったら、彗星狙いで特別展望台に来ていたのはもう一人しか居なかった。ほとんどが外国人、夜になってからはカップル。そういえば特別展望台(最上階)まで上がったのは私も初めて。
2013年3月11日月曜日
2012年9月21日金曜日
平戸の2日目
研修会の2日目。昨日同様、お願いしていた与助棟梁の田平教会を見せて頂く。
こちらは昨日の山田教会とは趣が異なって、計画的で組織的な維持保全が行われている。とはいえ、新築当初も建築費用を節約するために信者が砂を運んでレンガの目地材料を作ったりされたとの事。
建物全体はネット上にすばらしい写真がいっぱいあるから、私のスナップは印象に残った切り出しにとどめる。(全体の写真はいいのが撮れなかったということです)
教会の隣には墓地があって、和洋折衷というのか、独特の意匠をした墓石が並んでいる。供えられた花にモンキアゲハ。
佐世保の親和銀行は、白井晟一の代表作のひとつ。石炭、鉄鋼、海産物と北九州絶頂期に建てられた建築で、現場実寸合わせと特注部品によって建築家の設計意図の実現にとことんこだわっている。造形的な鋭さと、その実現にあたっての並々ならぬ努力には頭が下がるのだが、拭くこともできない窓や、交換不可能な部品の数々と、新築時に投入した資力と同等のパワーが維持保全に必要なところがつらい。建物用途を考えれば、昨日の山田教会との比較には無理があるが、建物にとっての幸福を考えさせる。
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